キングダムで抜けなかった蕞の史記の漢文は?原作と史実の違いも紹介!

マンガ

大人気漫画「キングダム」。

その中で一番好きな話として挙げられることが多いのが【合従軍の戦い】です。

秦に5国が一気に攻めてきた戦いは手に汗握るものがありましたね!

ドキドキハラハラしたね!

その中でも蕞での戦いは、政が将軍として指揮し、信とともに戦う場面でもあります。

合従軍が最後の最後に抜けなかった蕞の戦いは、原作と史実で違いはあるのでしょうか?

また、史記の漢文がどのように書かれているのでしょうか。

今回はキングダムで抜けなかった蕞の史記の漢文は?原作と史実の違いも紹介していきたいと思います!

ではどうぞ!

 

キングダムで抜けなかった蕞の史記の漢文は?

キングダムがモデルとしている【春秋戦国時代】を記した史記

中国前漢の武帝の時代に、司馬遷によって編纂された中国の歴史書です。

カゲ坊
カゲ坊
漢文で記されているよ!

その中ででの戦いについて書かれている分があります。

史記ではどう書かれていたのでしょうか?

まず、蕞での戦いについておさらいしていきましょう。

 

キングダム蕞の戦いはいつ?

趙・楚・燕・魏・韓が同盟を組み秦に攻め込んだ戦い、合従軍の戦いの最後の一戦です。

斉は交渉で手を引いてくれましたが、それでも5国が一気に攻め込んでくるのは地獄としか言いようがありませんね…。

そのなかで蕞の戦いは、キングダムでも信や秦王・政の見せ場になっています。

李牧と春申君は函谷関を攻める楚・趙・燕・韓・魏で正面から秦を攻めるように見せかけていました。

しかし、それと同時に別動隊でを攻めていたのです。

ぴよ吉
ぴよ吉
函谷関あきらめたのかな?

いつも李朴の作戦には驚かされますね。

蕞が抜かれればいよいよ王都咸陽ということろまで来ました!

ぴよ吉
ぴよ吉
どんな戦いになったんだろう?

 

蕞の史記の漢文は?

漫画キングダムでは大々的に描かれた、合従軍の戦いですがこの戦いの史記の記述は非常に簡素です。

六年,韓、魏、趙、衛、楚共擊秦,取壽陵。秦出兵,五國兵罷。

出典元:秦始皇本紀第六

巻6・秦始皇本紀」は「(始皇)6年、韓・魏・趙・衛・楚が合同して秦を攻撃し、寿陵を取った。秦が出兵すると五国の兵は退いた」。

と記してあります。

カゲ坊
カゲ坊
これだけなんだ!?

また

「巻43・趙世家」は「(悼襄王)4年、龐煖は趙・楚・魏・燕の4国の精鋭部隊を率いて秦の蕞を攻めたが落とせなかった」。

「巻40・楚世家」は「(考烈王)22年、諸侯と力を合わせ秦を攻撃したが、戦いが不利で引き上げた」。

「巻78・春申君列伝」は「秦を攻め、函谷関へ至った」。

出典元:https://ja.wikipedia.org/

このように趙や楚の記録でも合従軍が負けたことが記されています。

その中で蕞の戦いについては「史記趙世家」に一文のみ記されていました。

「四年、龐煖将趙・楚・魏・燕・之鋭師、攻秦蕞」(紀元前241年、龐煖は趙・楚・魏・燕の精兵を率いて、秦の蕞を攻めた)

「不抜。」(抜けなかった。)

ぴよ吉
ぴよ吉
合従軍を追い返した時はうれしかったね!

 

キングダム抜けなかった蕞原作と史実の違いも紹介!

蕞の戦いは、原作と史実で違いはあるのでしょうか?

キングダムではオリジナルシーンも多く含まれているため、おそらくこの戦いでも史実と違う場面があると考えられます。

ぴよ吉
ぴよ吉
そのおかげで盛り上がりが見れらるシーンもあるよね!

蕞の戦いの詳細や、史実との違いなどを見ていきましょう!

 

キングダム蕞での戦いの結果は?

別動隊で蕞に攻め込む李牧達。

もう秦には蕞で指揮できる将軍はいないと思われていましたが、そこに将軍として現れたのは秦王の政でした。

民衆と兵に変え戦い、7日間乗り切ったことで、楊端和ら山の民が救援に来てくれました。

最初は李牧達が来ていることを知った蕞の民たちは、降伏するための準備をしていましたが、政が現れたことで戦う意志を取り戻します。

毎夜政が民たちをねぎらうことで何とか士気が保たれていました

その甲斐もあり死地を脱出し、見事に守り切る事に成功しています。

蕞の戦いですが、史記にも載っていますし実際にあった戦いです。

 

原作と史実の違いを徹底解説!

では原作と史実の違いを紹介します。

原作で参謀として参加していた春申君ですが、史実では大将軍として指揮を執っていたようです。

その代わり、李牧が参戦していた記述はありません

この頃の李牧は北方の雁門を守る長官を務めていたはずで、まだ世に名前も通ってはいませんでした。

キングダムの合従軍での李牧の描かれ方は、完全にオリジナルとなります。

ぴよ吉
ぴよ吉
最初から大きな敵になってたよね!

また蕞に向かう際、各国の精鋭を率いて蕞を攻めたのは龐煖でした。

龐煖は武神などではなく、このときすでに高齢だったともいわれています。

そして、秦・合従軍側ともに参加将軍は明らかになっていません

ですので、合従軍の戦いにおいての将軍同士の戦いや、作戦などはほぼ作者のオリジナルということになります。

ぴよ吉
ぴよ吉
戦いの内容は残されていないんだって!

 

まとめ

キングダムがもとにしている漢文の史記には、戦いの内容は書かれておらず、戦いとその結果だけが残されています

そのため、将軍同士の一騎打ちや兵たちの活躍なども、原作と史実では違いが出てきます。

秦・趙・楚の史記のどれもが蕞の戦いに関して「抜けなかった」と記してありますね。

もしかしたら、記録が残る程の戦いではなかったのかもれません。

それ程までに、当時の秦の強さは際立っており、正に秦の一強時代だったようです!

カゲ坊
カゲ坊
そんなに強かったんだね!

キングダムは64巻でてきて未だ一国も落とせていませんが、これからどのように中華を統一していくのか、楽しみですね。

今回は、キングダムで抜けなかった蕞の史記の漢文は?原作と史実の違いも紹介してきました。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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