ラブコメあるある。
セミファイナルの段階で遠方への転勤を勧められる。
ライバルが恋人をハグする所に遭遇する間の悪さ。(あれはどう見ても一方的なハグだったけど)
2人が両想いになりつつある時に限って、自分の進みたい道がお互いに見つかって
どんな選択をすれば良いのか迷いだす。
そして、必ずどっちかが「大切な人の幸せを想って」本音を言わずに身を引く…。
こんな感じで、定番の要素がてんこ盛り!な内容になっていましたね。
「”普通じゃない”を”普通”に変えてくれる」存在に出会う所から物語が始まって、
それからは現在進行形で「今の自分に何が出来るのか」という想いが
ポジティブに描かれてきました。
つまり、社会人になったらどう過ごす?とか、どんな仕事をしたいのか?とか
そういった現実的で少し先の未来の話にはほとんど触れてこなかった訳で、
いざ自分と向き合う際に「私が重荷になっている」と感じて
すれ違ってしまうのも”訪れるべき試練”だったのかな…という気がします。
ただ、冒頭でも例を挙げたように、今回の2人の別れ方や動機は
弱視の設定を取り入れなくても成立出来るもの。
別に、定番の展開がダメだと言いたいんじゃないんです。
けれども、「私が重荷になっている」と感じた
ユキコだからこその苦悩や葛藤の描写に物足りなさを覚えてしまったんですよね。
う〜ん…何というか、これからも森生と一緒にいたいというわがままな気持ちと、
自分の存在を理由に可能性を狭めて欲しくないという大人目線の気持ちの
どっちを優先するか、私たち以上に迷ったんじゃないかな?って。
例えば、遠距離恋愛。
この表現は語弊があるかもしれませんが、
健常者だったら「遠くても会おうと思えば会えるし、テレビ電話もあるからへっちゃら!」と
強気に捉えられる人だっていると思うんです。
でも、ユキコの場合、遠距離恋愛をするにはハードルが高過ぎる。
もっと具体的に書くなら、飛行機のチケットをとって会いに行くにしても、
空港の中が広い上に慣れない道を歩くから希望の場所に中々辿り着けないだろうし、
そうなってくると誰かの手が必要になる訳で、状況によっては迷惑をかけるかも…と考えて
会いに行くのを遠慮してしまうかもしれない。
そして、テレビ電話は”会いに行かなくても顔が見られる”文明の利器ではあるけれど、
そもそもユキコは近づけて見ないとどんな顔をしているのか分からないので、
コミュニケーションも純粋に楽しめなくなってしまう恐れがある。
森生の事がどれだけ支えになっていて、どれだけ大切かは
前回の台詞「黒川と会うまでの私は、そんなに強くなかった」
「全部…黒川がいてくれたから出来たんだよ?」でも証明済みだからこそ、
彼と過ごす日々を犠牲にすると分かっていながら
別れる決心をしたユキコの心境をもっと深堀りして欲しかったです。
前半の森生の部屋に招待するシーンまでは
本作らしさが上手く取り入れられた”考えさせられる”内容にはなっていたんですけど…
正直に言ってしまうと、放送再開してからの話は
構造がベタなラブコメ寄りになっている感は否めません。
その理由は、脚本協力が関わるようになったからなのか、
原作が完結していないが故にオリジナルの話を考えた結果
そうなってしまったのか…が考えられますが。
最終回は「終わり良ければすべて良し」になる事を願うしかありませんね。
↓前回の感想はこちら↓
Source: りんころのひとりごと。
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