映画のシン・仮面ライダーが始まり、賛否両論があるところでしょう。
個人的には面白さは十分でしたが、必要な知見として「過去の仮面ライダーを懐かしめるかどうか」というのが重要に思えました。
もしこの”シン・仮面ライダー”が「仮面ライダーシリーズを観るのが初めて」という場合は状況が変わります。
そういう意味では同じ庵野秀明作品と呼べる”シン・シリーズ”の「映画シン・ゴジラ」や「映画シン・ウルトラマン」よりも強く”既知感”が重要なものと思えます。
ちなみに仮面ライダーは石ノ森章太郎先生が漫画として描かれています(サイボーグ009で有名な日本漫画界の巨匠です)。
ただし、先述しましたが、これよりも今回の映画については「昔の特撮仮面ライダーを観ているかどうか」で面白さが変わってくるので注意です。
もし「より楽しみたい!」ということなら1972年当時の特撮・仮面ライダーをご覧ください。
1972年の仮面ライダーをオマージュしている
シン・仮面ライダーを見ると「なんとなく古いかな?」と思える場面というか撮り方が目立つと思います。
別に新しい手法で撮ることも可能でしょう。
何より仮面ライダーは最近でも特撮ものとして存在していて、新しい撮り方は幾らでも出来たはず。
しかしなんとなく「古臭い」と思える部分があるのは、初代仮面ライダーを踏襲しているからです。
それこそ露骨なジャンプシーンや、無茶に思えるカメラワークなどは印象的ではないでしょうか。
ちなみに当時の仮面ライダーは視聴率が20%に達するなど、化け物的な人気を誇っていました。
それこそ子どもたちは”全員観ていた”と言える次元の人気作品な訳です。
その点も踏まえた上で“なぜ昔を踏襲するのか”を考えてみると良いかもしれません。
庵野秀明監督はこの当時小学校高学年で、言ってみれば「おもいっきり世代」と言える年齢です。
いわばオマージュというか、それを「懐かしいなぁ」と思えるかどうかで”面白さの軸”が変わってくることになります。
試しに初代仮面ライダーを一度見て下さい。
はっきりと「これを狙っていたのか!!」というシーンが散見するはずです。
更に、この初代仮面ライダーを子供心で見ていたと仮定すると「懐かしい」「アノ頃を思い出す」という感覚が共に蘇ってくることになるでしょう。
もしシン・仮面ライダーに対して「ん~、ちょっと期待外れ」と思った方は一度その視点に立って観てみると変化するかもしれません。
数々のモーグなども初代で登場していた
シン・仮面ライダーでは、そもそもの設定部分に変化を付けています。
このあたりは現代に合わせていると考えていいでしょう。
そもそも秘密結社SHOCKERにも「人類を持続可能な幸福へと導く」という高尚な目的が与えられていました。
ちなみに初代仮面ライダーでは「世界征服をする組織」というありきたりな悪の組織でした。
また改造人間であるのは事実ながらシン・仮面ライダーでは、その点の葛藤なども多く組み込まれています。
オーグというスタンスで現れる怪人の幹部たちも、それぞれに面白味があります。
初代仮面ライダーでは、そこまでの裏側のストーリーはなく、ヒーローの仮面ライダーが倒す敵という面での存在価値が高かったように思えます。
ちなみに各オーグも初代仮面ライダーに登場しているので、そのあたりを見るのもまた”懐かしさ”を感じる部分だと思います。
- クモオーグ⇒怪奇蜘蛛男(第1話)
- コウモリオーグ⇒恐怖蝙蝠男(第2話)
- サソリオーグ⇒怪人さそり男(第3話)
- ハチオーグ⇒怪異!蜂女(第8話)
- バッタオーグ⇒仮面ライダー2号(14話登場)
- KKオーグ⇒怪人かまきり男(第5話)・死神カメレオン(第6話)
- 量産型のバッタオーグ⇒ショッカーライダー(93話)
シン・仮面ライダーにおけるラスボスとなったチョウオーグに関しては独自キャラと考えていいでしょう。
少なくとも最終局面において蝶々をモチーフとした敵は登場しません。
また人工知能で外の世界を観ているケイに関してはゲルショッカー首領のオマージュと考えて良さそうです。
思想などは違いますが、なんとなく顔の部分には似たものを感じるのではないでしょうか。
また1号である本郷猛が死亡して、次に2号である一文字隼人が新たな仮面ライダーとなるラストシーン。
あれもヘルメットが変化しているところでオマージュであることが分かりました。
新たな仮面ライダーは新1号と同じ
ストーリーの展開は少し異なりますが、1号と2号の登場、そして後に復活する1号が新しくパワーアップして登場し、それが新1号と呼ばれるのが初代の流れになります。
その新1号のヘルメットが、まさにシン・仮面ライダーで最後に一文字隼人が手にしていたヘルメットでした。
少し明るめの青っぽい全体に中央部が銀色になっていました。
まさに新1号のそれそのものとなっています。
これを見てまた「あぁ~、新1号をそういう感じにするのかぁ!」って思えるとまた楽しみが違います。
初代仮面ライダーでは本郷猛も生きて新1号として登場します。
シン・仮面ライダーではその点を変化させて2号だった一文字隼人が1号である本郷猛の思念も背負って、新たな仮面ライダーとして生きていくという展開になりました。
まさにシン・仮面ライダーということになった訳です。
過去が重要な点が分かれば楽しめる
色々とお伝えしましたが、要するに”初代仮面ライダー”を如何に知っているか、それを懐かしいと思えるかどうかで大きく見え方が異なるということになります。
賛否両論あるところですが、もし庵野秀明監督と同じ世代の方々が、新しい気持ちでシンという発想を受け入れれば、もっと楽しめるのかもしれません。
それが難しくとも初代仮面ライダーを5話くらいまで見るだけで「ああ、そういうことなのか」と感じる部分も多くなる気がしました。
また他の作品でシン・シリーズが観られることを楽しみにしています。
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Source: マンガ好き.com
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